君のために 出来ること 〜明日の話をしましょうか E 後始末
 



   
第一章  ナイト・メア 〜nightmare




       
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〈俺ってジノの重しになってるんじゃないのか?〉
〈なんでだ?〉
〈だってサ。…何かを判断する時とか、自分じゃない奴のことまでいちいち計算しなくちゃなんなくなるんだろ?それも何かと未熟な奴が相手なんだから、用心やらフォローだって多めに織り込んどかなきゃならないんだろし。そうなると"自分なら…"ってのとは答えだって随分違って来るだろうし。〉
〈その分、こっちだって生命拾いをしてもいるがな。〉
〈? なんで?〉
〈お前の言う"用心やらフォローやら"をよくよく練るようになったからだよ。自分の身一つだったなら、怪我をするのも火の粉をかぶるのも自分なんだからってことで、いよいよって時にはいっそ投げ出してズボラを決め込むことも出来るが、人にやらせる部分となればそうもいかんだろうが。コト事態の後先だの、破綻を来きたした場合の対処だの、しっかり見積もっておかないとって姿勢になる。〉
〈俺が居なかったら…しなかったのか?〉
〈自分に出来ることは把握してるからな。あらためての見積もりも何もないだろう。〉
〈???〉






          ◇



 その後、昼をも回らぬうちに見学エリアの用具室に隠れていた犯人がお縄となり、突端
とっぱなこそ派手だったが随分とあっさり方がついた騒動で、
「こういうのを"竜頭蛇尾"っていうんだよ?」
「ふ〜ん。」
 またそんな厭味な説明を。表情こそ にこやかなそれだが、
「瞼が重そうだね。」
 傍らに座を占めた若島津が顔を覗き込んで訊く。訊かれたジノは、
「半端に起こされたから、まだ眠いんだよ。」
「…で?」
「ん?」
「何か夢は見たのかな?」
 ああ、そういえば。ジノさんが寝てたのは問題のピエールさんの部屋だったんでしたっけ。なんとなくワクワクとした…何かしら期待のこもった顔で訊いてくる若島津
ハジメちゃんへ、
「さてね。やたらうるさかったもんだから覚えてないよ。」
 欠伸混じりに応じながら相手の頬に手を添えると、目許の傷にそっと親指の腹をすべらせた。
「岬、これ治してやってくれないか?」
「あ、うん。」
 席を立ってきて、
「ほら、健。医務室に行こう。消毒してからじゃないと跡が残るよ?」
 腕を取る岬に促され、若島津はしぶしぶと彼に誘
いざなわれるようにテラスルームを後にした。朝っぱらからバズーカ砲撃が飛び交うような大騒ぎエマージェンシーとなりはしたが、終わってみればたった半日で鳧けりがつき、あっさり日常が戻ってくる辺り、相変わらずに無敵な研究所であることよ。センサー探査や倉庫の掃除という後処理は三杉や青果収穫班ら専門家に任せ、揃って朝食を取って…いきおい暇になってしまった身をソファーのクッションに埋めているジノへ、
「それにしても久々に出たもんだな。」
 しみじみ言うのはピエールだ。騒動ののっけに自分たちへのハンデキャップとなった、彼の"爆睡"のことだろう。
「ああ。もう治ったもんだと思ってたんだがな。」
 何気なく口にした自分の一言に、
"………。"
 ふと…小さなむず痒さを感じた。どこかで使った覚えのある言い回しだ。デジャヴに似たもどかしさが喉の奥に引っ掛かる。そんなジノの様子には気づかず、
「健もすっかり忘れてたくらいだもんな。大方、研究所ここに居たんで気がゆるんだんだろさ。」
 ピエールが続けた言葉にむず痒さの正体が弾けた。
"ああ、そうか…。"
 意味の判らない同じ夢に夜ごと苛
さいなまれては跳ね起きていた健。生活が落ち着いたのと同時にぷっつり見なくなっていたそれを再び見るようになったのは、日向との"再会"を前に、初めて任務がらみで日本州を訪れた頃のこと。その時に彼が口にしたのが同じ一言だったのだ。
"気がゆるんでたから…ってだけでもないのかも知れんな。"
 ふと…黙り込んでいるジノであると気づいたピエールが、
「どうした?」
「いや…あいつと暮らすようになってから初めて寝入っちまった時のことを思い出してね。」
 …誤魔化したわね。
「さぞや驚いただろうな。」
 今朝の岬がそうだったように…と持って来たピエールだったが、
「…目を覚ました途端に泣きつかれた。」
「ほほぉ…。」
 まずはさぞかし心配しただろう。問い合わせた三杉から事情を訊いて"理解"はしたらしかったが、
〈これまでずっと気を張り詰めてたって証拠なんだろ?〉
 責めている彼ではなかった。ただ、彼の心痛が"自分がまだまだ頼りなかったせいだ"という次の段階へ至っていただけのこと。そんな想いを抱かせた原因になってしまった…となると、
〈ごめん。〉
〈ジノが謝ることじゃない。〉
 ある意味で本人が"不在"であった間のこと。それに"睡眠"という…生き物としての基本的な生態行動に、本人の意思制御はそうは利かないもの。健にだってそのくらいの道理は判っていたらしいが、それでも…謝るしかなかったジノだったらしい。
「いくら仕事がこなせたって、実はまだ子供なんだって事を改めて思い知ったって訳だ。」
 吐息をつくようにそんな言いようをする彼であり、
"またそういう可愛げのない物言いをする。"
 いつもの事だとはいえ、これは誤魔化してもいるなとすぐさま感づいたピエールだ。常の口八丁で、
『これまでは気が気ではなかったものが、やっと安心出来るようになった証拠だよ』
 例えばこんな風に言いくるめることだって出来たろうに、そんな小細工より何より"ああ、この子には心配をかけちゃいけないんだ"と、きっとそう思ったジノなのだろうと推察したのだ。
"それで、気取けどられぬようにと構えるようになって、元から素質のあった性格がグレードアップしちまったんだな。"
 彼の性格がとんでもない方向へ頑なになってしまったその発端なのかも知れないとピエールには感じられ、
"負けず嫌いな健が、そういう気遣いに負けるもんかと?反発することでなかなか図太い気丈さを培ったって結果は認めるが。"
 なんですか、そりゃ。子供扱いやら過保護をさせないようにと頑張ったって意味かな? まあ確かに…すっかり自然なものとして見た目の年齢相応の自覚を身につけるには、研究所で受けた一辺倒な学習だけでは補えないものも随分あった筈。それを育むにあたってそんな切っ掛けがあったというのは初耳で。けれど…評価出来もする一方で、そのくせ何かしら無理が伴われているようで引っ掛かりもする。とはいえ、
"………。"
 それを"いけないことだ"とすっぱり指摘なり非難なり出来ないのが微妙なところ。ピエールにしてみれば、岬とその"始まり"を同じくする「健」は自分たちにとっての定規のような存在だ。ケースとしての個性や何やに落差があるとはいえ、単なる子育てとはまるで違う不案内な道行きのための"導しるべ"には充分な範となってくれた彼と、そんな彼を育てたこの"先輩"とが、暗中模索の果ての迷い子にならないよう、ある意味での"鑑"を与えてくれた形になっている。そんな彼らが手探りで積み上げつつある"現状"を、一般論で批評してはいけないという気後れがどうしたって生じるのだ。少々複雑な感慨を持て余すピエールには気づかず、
「だってのに…先の騒動でゼロに説教した事といい、ホントに大人になったもんだよな。」
 こちらもまた、何となく感慨深げに呟いたジノである。自分がぐらついたり平静を保てなくなれば、それがそのまま彼をおたつかせるのだと重々肝に命じたほどだったのに、今回は…そんな過去なぞ遥か彼方に蹴飛ばすほど、それは冷静な対処を見せていた健だった。のっけは結構泡を喰ってたんですけれどね。
「そりゃまあ…もう何年も経たっているんだろ?」
 ましてや、特殊な環境の中で既に"大人"としての行動を余儀なくされている彼だ。精神面で普通の"子供"より何十倍も早く成長するのは致し方ない。そんな理屈ぐらい判るだろうにという含みのあるピエールの言葉の響きに苦笑して、
「このあいだ、お前ほどにはまだ頼り
アテにならないのかって訊かれてな。」
 焦れているのが判る。技能的な向上だけで、まだまだかなりの次元で世事を知らない…世間知らずな身の上だのに自惚れで言っていることなのなら、幾らでも"十年早い"とすっぱり窘
たしなめられもする。(よく十代の若い衆が感じるジレンマがこれ。知識も得たし、いくらかは体験も積んだから判断力もある。理屈や道理による"白黒"を持って来てばっさり方カタをつけりゃあ良いってもんばかりじゃないと、そういうものを許したり飲み込んだりするのがより人間らしい裁量である場合だってあると、なんとなくだが知っている。それを完遂する難しさもよくよく判ってる。子供の頃より目端が利くだけに耳目に取り込むものがグンと増えて、だけれどまだまだ、時間が足りない、力が足りない、信用が足りない、それが一番焦れったい。子供の駄々じゃないと地団駄を踏みたくなる自分さえ苛立たしいと来て………いやぁ、青いねぇ♪こらこら)だが、彼の苛立ちはそんな先走った種類のものではないとやはり判る。ジノが二人分の苦を抱えるのをやめてほしいと、自分の分は自分で耐えられるからと言いたげな、そんな気配をたたえた眸を向ける。そして…そうなって欲しいと育てている筈なのに、どこかで自然とそう認めてやれない自分の内なる矛盾に気がついた。一方、
「当たり前だ。そうそうあっさり追いつかれてはこっちが堪たまらない。」
 とんだ尺度に持ち出されたピエールの答えは、たいそうあっけらかんとしていて、だがまあ…言いたいことは判らんでもない。相手の全てがまだ殆ど未知な段階であっても頼りにされるほどの"信頼"はそう簡単には手に入らない。肌合いで、若しくは自らの経験が育んだ感覚で"こいつは出来る奴だ"と認めたからこそ捧げられる信頼。ピエールがジノから得ているそれは、そっちの種類の代物なのだ。
「まあ…力関係の"下剋上"は弱気になって認めた方が負けだからな。」
 おや。結構強気なことを仰有る。
「お前たちの場合、そういう意味での"どんでん返し"はもしかしたら一生ないのかも知れん。けど…そうだな。大好きなものを守ってやりたいだとか手助けしたいって思うのは、義務感なんてお固い理屈じゃないからな。たとえ自分の方が非力であれ格下であれ、何とかしてやりたいって感じることは多かれ少なかれ誰にだってある筈だ。そういうのはある程度呑んでやっていいと思うんだがな。」
「………そうだな。」
 何げない一般論であったろうに…ジノはどこか考え深げな顔をする。
「お前が手玉にとって育ててるんだ。もちっと自信持って良いと思うぜ?」
「…もしかして"手塩にかけて"の間違いじゃないのか?」
 間違いじゃ…ないかも知れないぞ? あんたたちの場合。冗談はともかく。
「まあ、こういうことは教科書
マニュアル通りには運ばない。月次つきなみな言い方になるが、親ってのは子供と一緒に育っていくもんだって言うしな。」
 数々の試行錯誤や暗中模索を繰り返し、本人たちの何倍もやきもきして来た彼らだ。これまでも、そして"これから"も。柄にない話題だと気づいてか、小さくため息をついてから、
「やっぱりどこかで不器用だよな、お前って。」
 ピエールはくつくつと微笑って見せ、途端にちょいと眉を顰めるジノへ、
「…安心した。」
 柔らかな吐息と共にそう付け足して面食らわせる。
「そんなに気を揉まなくても…俺たちがそうだったように、放っておけばいつの間にか独立しちまうさ。生まれたての赤ん坊と違って行動力も判断力もある。いつまでも大人しく針刺しに刺さってる針でなし、あちこちで少しずつ覚えたものを積み上げて、それなりのものを自分で作っちまうさ。」
 …さて、ここで問題です。このピエールさんの一言は、どこの何からの出典でしょう?(配点 50/100)
おいおい






          ◇



「おや、ヘルナンデスくんは寝直しかい?」
 自室へ戻ったジノと入れ替わりに、ファイルを片手にテラスルームへ三杉が顔を出したのは、それから数刻が経ってから。
「ええ。捕まえた奴は?」
 どう対処してるんだい? と問うと、
「これから事情聴取に入るとこだよ。ペンタトールやアミタールこそ使わないが、ウチ流のやり方だから…。」
 トグロを巻いた効果背景付きで"ふっふっふっふ…っ"と陰いんに籠もって物凄い微笑い方をするものだから、これは絶対何か含むものが有るに違いなく…相変わらず"後が怖い"研究所である。
"これだから…此処ってそうそう危機に見舞われるような気がしないんだよな。"
 そうだねぇ。 此処の警備陣がついつい気を緩ませてしまうのも無理ないってか?
こらこら ちなみにペンタトールとかアミタールというのは『第三話』の上巻でもちらりと触れた"強制自白剤"のことで、その昔ナチの秘密警察が尋問に使った薬品として有名。今でも精神分析に活用されているとかどうとか聞いたことがあるから、製造禁止になった訳ではないのだろうが、人権尊重からそんなものを使った自白には公的証言としての能力はないとされているし、戦争時に使うのももってのほか。捕虜虐待の大罪として逃れようのない処罰を受けるそうである。そんな裏書きは必要ないとしても、第二次大戦から早やウン十年経ってもいるのだ。もっと進んだ薬だってあるんだろうから、三杉がわざわざ口にしたのは…そっちの方面に明るい者にだけ通じるジョークの意味もあったのだろう。…恐ろしい"ジョーク"があったもんだ。
「そういや…ジノが気づいた"お膳立てした者"ってのには、何か心当たりはあるのかい?」
 壁一面を全て東南の方向へ大きく開いているガラス張りの扉。その縁を七色に弾いて差し込む明るい陽射しが、室内のあちこちに転げ回る爽やかなテラスルーム。此処だけを見ていると何とも優雅なリビングルームという感じだが、先にも述べたように天下無敵の研究所。内に含むものは大小様々な背景も背負っていて、
「これがどうも"当て馬"っぽくてね。」
「当て馬?」
 黙っていれば充分に白皙の美青年で通るこの副所長からして、見た目だけで判断して応対するととんだ目に遭う曲者だ。かすかに憂慮を抱えたような顔をしてはいるが、本心から何かを憂えているとは解釈出来ないところがややこしい。
「選りにも選って僕の研究に関わる一大事が起こってるらしいんだよ。それに関与している大きな組織に体よく利用されたらしいんだな、あの実行犯は。」
「ほほぉ。」
「言っとくけれど、研究自体が何か引き起こしたって訳じゃあないからね。」
 自分で先に言うことかい。
「察するところ、事前の強盗騒ぎはあのヒューマノイドの性能を試すための試運転ってやつだったんだろうさ。やたら頑丈なだけで、自己判断機能どころか銃火器の類も装備されてない機体だったってことは、相手してて判ったろ?」
「ああ。」
 実際に相手をしたのはハジメちゃんたちでしたが。
「此処にはフロッピィ一枚で何億にもなるような研究が山とあろうから…だとか、所員たちには例の装置で暗示をかけてあるから言う通りに運ぶからとか何とか、口先三寸で良いように唆そそのかされたんじゃないのかってね。」
「そういう形で"撹乱作戦"の手駒として利用されたんじゃないかと?」
 仲間内でないのだから、失敗して捕らえられても痛くも痒くもなかろうし、さして深い繋がりはなかろうから真の犯人へ辿り着くにはかなり骨を折ることとなるだろう。特に珍しい手ではないが、それにしては…単なる手駒に与えた道具立てが随分と立派だったのがちょいと引っ掛かる。
「そういえば、三杉の専門研究って一体何なんだ?」
「次の章で詳しく説明してもらえることになってるから、今は内緒。」
 おいおい。
「たまたま君らが居てくれたのは助かったよ。
 襲撃にも対処出来たし、肝心な方への対応にも充分間に合いそうだし。」
「???」
 さあ、お話はまだまだ続くぞっ!




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